土地所有権に催眠をかける
2019年
3チャンネルのHD映像(28分55秒)
人類史において「農耕」の発明は食料を計画的に生産し貯蓄する術をもたらし、それまで家族単位であった人類の社会形態を拡大させ現代のように多くの人々が定住生活を営むことを可能とし、文明・政治・経済を生み出す国家の礎ともなった。人類はその社会生活を整備するため「所有権」を発明し、さまざまな動産、不動産、サービスなどに適応させたが、同時にさまざまな紛争も引き起こした。この作品は、我々が現在暮らす集団的な社会生活の基礎を作った農耕とその土地所有、そして土地所有者の変遷のあり方に光をあてる。
この作品では、相続問題や大規模な農業会社の進出などにより耕作されないままの農地いわゆる「耕作放棄地」を取り上げる。この用語は農林水産省による統計調査(農林業センサス)で定義され、「所有されている農地のうち、過去1年以上作付けされておらず、この数年の間に再び作付けする考えのないもの」を指す。この問題は「誰にとって」のなのであろうか?農地を放ったらかし食料自給率を下げているというのであれば、社会全体の問題かもしれないし、害虫が発生し近隣への悪影響を及ぶすのであれば、所有者だけの問題に留まらない。他者との絶対区別を約束するはずの「所有」という概念を土地に適応した場合の不可能性が見えてくる、むしろ土地がそもそも抱える社会の共有財であるという側面が浮かび上がる。
催眠術師に協力を依頼し耕作放棄地を管理する者、所有するもの、そして部外者である丹羽良徳、それぞれの意識を交換しその農地の歴史や放棄地を巡る座談会を試みた。青森県三沢市の耕作放棄地となった土地を管轄する行政関係者、農業委員会との座談会では、農地管理に関わる方々が『土地所有者』、丹羽良徳が『行政関係者』となるような催眠術を試みたが、残念ながらこの試みは催眠をかける事が叶わず失敗に終わる。
現在この映像作品を展示している青森県立美術館が立地する三内丸山遺跡周辺は縄文集落→林→田んぼ→住宅地→遺跡のように時代とともに変化したと言われる。この場所に遺跡が存在することは、江戸時代から知られていたと言われ、1992年の調査によって大規模な集落が存在していたことが判明し、これにより青森県はすでに着工していた野球場建設を中止し、遺跡保存を決めた。それにより、あなたは今この場所でこの映像を見ることができる。
美術館に別の催眠術師を招き丹羽良徳に展示準備をする美術館内が田んぼに見える催眠をかけ、事務所や展示室などを徘徊した。丹羽良徳は、2019年現在青森県が管理する美術館内部からかつて「その場所」に存在したはずの田んぼの幻覚を見ることによって、観客には決して見ることのできない方法で、土地所有の歴史とその変遷について考えを巡らせようとする。