長寿命で高い強度を持つLEDは様々な製品に組み込まれるが、その大本の機器の更新・買い替えスピードの早さにより、その寿命を迎える事なく廃棄されていく。
死から遠のいた光であるLEDを死の象徴に覆い、焼き切れる迄電圧を与えて殺す。
内側から死を強制的に引っ張りだす。
輝き漲る命、エネルギーの枯渇を一切感じさせないモノから急激に「死の側面」が滲み出てくる姿。それは原発が爆発した瞬間に私が身体的に味わったイメージ。
人は誰もが死ぬ。しかし、それがたった今、今日、明日のことだと思って生きてはいない。
放射能という視えぬものにより外傷からではなく内側から崩され、自身の溢れる生が突如として静かにひっくり返されていくような感覚。
両極をなすモノがダイナミックにぶつかり攻めぎ合い乍ら負へ移行する。
生きているとも死んでいるとも言えない「生」も「死」も過剰に膨らむ混沌と混乱の姿。

震災以前と震災以後で、私の作品は大きく変わった。
それ迄は生命や光のもつ「+」の側面を引き出す為の素材としてLEDを使用していた。
しかし震災以降、私は光を見てもそれが消滅するイメージしか浮かばなくなった。
震災の次の日からL.E.D. projectという団体を立ち上げ、被災地に小型の簡易LEDライトを作り、届けるという活動を行った。
被災地へ行き、初めて闇の光景を目の当たりにした。
プロジェクトで被災者の生活のリカバリーにモノヅクリで手助け出来たが、それは自分が震災に向き合う為の手段の一部にしか過ぎない。
どうしても、その後から今も続く「光の消滅するイメージ」の根源は原発爆発の瞬間にあり、ここを目を逸らさずにはいれなかった。
被災地に広がっていた風景の暗さと、自身が味わった死の暗さ。
政治的な問いかけやメッセージではなく、只、一つの現象として、自分に、人に及ぼした震災以降の死を考えたい。

一つの髑髏にLED総数672個を配置。それぞれに可変抵抗器を付け、電圧を上げ灼き切る。
LEDと同じく、可変抵抗器も壊れます。
その残骸を箱に入れたのが、『A』(after)。
潰す前の光っている状態での展示が『B』(before)。
潰している映像、及び展示空間での焼灼パフォーマンスが『 / 』。
合計2体のLED髑髏を制作しました。
梱包材を敷き詰めた空間でこれらを展示しています。
展示空間に入ると梱包材を踏み潰すことになり、その感触と音が伝わります。
展示日の最後にパフォーマンスを行います。約20分程。映像では分からない強烈な匂い・光の眩しさ・微かな破裂音が現れます。

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